薬草魔女のスタイルについて

心理療法をメインとして、占いを取り入れてカウンセリングを行っております。
必要であれば、セルフケアのためのハーブティーを提案します。
このやり方をする人々を、当研究所では「薬草魔女」と言います。
一見したところ、占いがメインのように感じますが、会話の中に「心理療法の技術」がしっかりとは入っている。
そのようなスタイルです。
時として、堂々と「占い」を取り入れていることを言えないのが、日本です。
ではそもそも占いとは何だろうとなりますが、
ズバリ当てる
言ってない事を視て答える
未来予測する
など、色々想像できると思います。
どれも正解ですが、どれも微妙に解釈が分かれ議論されているのが現状です。
当研究所の考えを記したいと思います。
ズバリ当てると言うのは、近代占いが一般大衆化し、エンターテイメントとしての仕事という形で「そこだけに特化し」発展させたものです。
当てる事より、「本人がどうしたいか」を元に、現状から見える未来傾向を占術から予測し、実際に話をすることで得られる、クライアントの性格等とよく見合わせて、アドバイスをするというのが、本来の「占い」の在り方です。
よく、「当たらないと意味がない」、「アドバイスなんてだれにでもできる、それより”特別な”答えが欲しい」、「見えないところを視るのが占いでは」、「未来がコロコロ変わって信用できない」という言葉を、方々で見聞きしますが、
「当てる」ことは誰でもできます。
人間には「洞察力」という優れた力があり、大体の人生経験を積んでいればだれでもできる事です。
危険なのは、当てることで信頼は得ますが、「丸投げして聞けば安心」という、クライアントが思考することをやめ「自己解決能力を低下させる」可能性があります。
ですので、占い師も、心理療法家も、よほどのことがない限り行いません。
特別な答えを何故求めるのでしょうか?
その心理には「思い通りにしたい」という、気持ちが潜んでいます。
思った通りの答えをするならば、聞いただけで、クライアントは一時的に気持ちは満足するでしょうが、実現するための行動をしなければ、永続的な解決には至りません。
結果彷徨い、時間もお金も無駄にします。
全ては無駄ではない「勉強だ」とも言えますが、気づいたら変えることができればそれに越したことはありません。
最終的に自分の進路を決めるのは自分です。
それが、占い上定められた運命のように思えても、自分の心が「こっちがいい!」と思っているならば、そちらを行うこともできます。
占いは「自由意志」を否定していません。
「絶対はない」 ということは、もうすでに証明されている事実だからです。
また、「視る」というのは霊感であり「占い」とは違う技術です。
未来は短期間でも変わります。
「自分がこうしたい」と思っている方向に人は動くからです。
迷っている人は、特に未来がコロコロ変わります。
占いから見える未来は、「現状を維持した場合の未来」です。
もし、それが自分の未来予想に反するのであれば、どうすればよいかを一緒に考えていきます。
また、コロコロ変わる未来に振り回されないよう「人生という観点から見た、大きな未来を思い描く」事を提案します。
                                                                                                               
心理療法・占い・霊感 これらにはそれぞれ欠点があります。
それを補うようにして、クライアントに合った仕方で使い分けることができるのが、「薬草魔女」です。
「当たらないと意味がない」、「アドバイスなんてだれにでもできる、それより”特別な”答えが欲しい」、「見えないところを視るのが占いでは」、「未来がコロコロ変わって信用できない」
これらの考え方は、「他人に自分の人生を全てゆだねる」という、危険な考え方です。
人生の選択は、誰のせいにもできません。
誰かに相談を求め、出した答え、選択した方向は、全て自己責任です。
ですので、自分にとって「後悔のない」と思えるところまで、よくよく「思考する」こと、自分の本当の気持ちと対話し、自分と現状との折り合いをつけるという「納得する生き方」のできる考え方を訓練する必要があります。
その段階が、「人として成長する」ということではないかと、魔女たちは考えています。

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自然療法士になるということ

自然療法士になるということ
今月から、「薬草魔女研究会」による、薬草魔女プロコースが始まりますが、その前にぜひ伝えておきたいこととして書き記しました。
薬草魔女のプロコースは、「自然療法士」と自ら名乗れるほどの知識と技術を学ぶコースとなっております。
---------------—
資格を取ったからと言って、自然療法士にになれるわけではない。
資格がなくても、腕のいい自然療法士はたくさん存在しています。
占いの世界もそうです、有名な先生の弟子になったからといって、同じようになれるわけではありません。
特定の師を持たず、書籍で補足情報を得、かつ実戦経験から独自の手法を生み出している方もたくさんいます。
大切なのは、その学んだっことで、何を外に表現したいのかです。
それが、学ぶことからくる安心感であるならば、その安心感を維持するだけの行動を続けるでしょう。
それが、誰かのためになることを望むのであれば、誰かのためになることへと進んでいくでしょう。
ただ時に、「誰かのために」と思うのに上手くいかないという方もいます。
思ったようにいかないのは、その「本心」の部分に逆らった言動をしているからです。
強烈な言い方をすれば、
金が欲しい割に、誰かのためと言っている可能性もあるということです。
このパターンが一番多いのではないかと思います。
金が欲しいという、あえて強い言い方をしましたが、「自然療法士の仕事だけで生活してきたい」ということです。
生きていくためのお金を、誰かのために自分の持つ技術を提供し対価をもらう。
ですが「誰かのために(サービス)」が、ボランティアでないといけない事になっている。
対価を頂くことに罪悪感を感じる方が多くみられます。
サービス=奉仕は、無償というだけではありません。
共同体という中で、相互関係でなりたつサービスもあります。
自然療法はまさにそれです。
無償奉仕がしたいのなら、それなりの生活基盤が必要です。
サービスの意味を混同してしまうのは、厳しい言い方をしますが、心のどこかで、
「自然療法士になれば、社会のしがらみから解放されて、楽に生活できる」
と思っているからかもしれませんが、人は生きている以上、どこで何をしていても「人との関わり」からは逃れられません。
関わり方が変わるというだけです。
自然療法の仕事は、時として、相談者の「生死」と向き合うこともあります。
心えぐられるような相談者の思いと向き合うことも多々あります。
当たられても、泣かれても、わめかれても、冷静に向かい合い寄り添い合う心構えが必要です。
人とそういう関わり方をする世界です。
マニュアルはありません。
常識も通用しません。
また、新米のころは自信がないから、対価を控えめにします。
控えめにすると、控えめな仕事しかしません。
もしくは、対価以上のサービスをしてヘトヘトになる。
どっちにしても、仕事が潤わない。続かない。
新米でなくとも、安くすれば仕事が来ると思っている方もいます。
来ても、大抵は「安いからが来た」が理由です。
安さに惹かれる経済状況の方は、興味本位でご縁が続かないことがほとんどです。
自分が望む生活基準に見合った価格設定をし、その基準に見合った対価を払える人に来てもらう。
本当にそのサービスを必要とする方に、最高の仕事をする。
設定した価格設定に見合う技術があるのであれば、必ず「貴方だから」と相性でもってご縁を繋いでくれるでしょう。
これが、自然療法士の仕事のスタイルです。
技術でお金を頂く限り「自信がない」は言い訳です。
自信がないから安くしようなんていうことは、あってはならないことです。
そこの部分の努力を「楽しい」「やりがい」と感じれるかが、自然療法士であり続けられる一つの分岐です。
「誰かのために」は、自分が奉仕をしていることに優越感を持つことが根底にあるのであれば続きません。
この仕事は、根気よく待つことも求められる仕事です。
それは、ビジネス活動をしないということではありません。
自然療法を仕事にしたいのであれば、その他のサポートプランが必要になってきます。
自然療法士の世界の、非常に現実的な話です。
様々な自然療法士のスタイルがあり、当研究所では、「道の作り方」のサポートにも力を入れております。
もし、世間のしがらみに疲れて、自然療法の扉をたたき、その素晴らしさに感銘を受けて、自らもその仕事につきたいと思っている方がいるならば、薬草魔女のこの話を思い出し、ご自身の道を決めていかれますように願います。
薬草魔女の講座

http://yakusoumazyo.com/school.html

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七草は大晦日から

2011年から七草の記事を書いています。

5年分記事リスト
http://search.ameba.jp/search.html?q=%E4%B8%83%E8%8D%89&aid=herb-school-trebol

こうやって毎年思い起こすことはとてもいいのですねー。
ただ、そろそろ飽きてきた(笑)ので、今年はちょっと考察を深めてお話します。

年末に記事を上げようと思い、今になってしまったけれど、年中できる事だからいいなと思ったら実践してみてくださいー。

1月7日の「七草粥」
無病息災を祝い、また、正月で疲れた胃腸の回復を図る。

しかしながら、現代の食生活は「毎日胃腸を酷使」しています。
それが当たり前になって、痛みや不調にも鈍感になり、もしくは意識的に思いを散らして頑張っていますが、その緊張から解かれる「休暇」になると、一気にその不調が表面化します。

ですので、12月の後半から1月の中半にかけての「体調不良」の相談がとっても多くなります。
GW前後も多いな~。

・胃腸の不快感
・重い倦怠感
・憂鬱


病院に行ってもさほどでもないと言われることが多いようです。

この場合、

抑うつ

が症状(サイン)として肉体に出てきたとハーブ療法では考えます。

現代社会は「理性」を優先し「感情」を押し殺す場面が多すぎます。
どちらも程よく認められている状態が良いのですが、それを作る時間さえないほどの毎日です。

「毎日少しの時間(1,2分)取り分けて思考を変える」というやり方で「色彩ハーブ療法」を勧めておりますが、その毎日の積み重ねが「心の声(本心)を聞く速度を上げて、そのための対応」を無意識にとることができるようになります。

どうしても、過酷な現実を生きるために危険信号でさえ感じないように(鈍感)にしてしまいがちです。
「私には感がない」という方がいますが、ない人はいません。
「ない事にしないとやってられない理由」があったからなくなってしまったのです。
自然な防衛本能です。

さ、取り戻しましょう。

七草は休暇に入る前に頂きましょう。
ハーブティーもセットでね。

1日目は内臓を休ませるために、白湯だけ。

2日目の朝昼白湯、夜七草粥

3日目は3食七草粥とハーブティー

4日目は消化の良い食事とハーブティー

5日目は普通食とハーブティー

ハーブティーのブレンドは、滋養の高いものが良いです。
魔女は、妊産婦さん用のこのブレンドを勧めています。

紅茶薬草魔女のおまじないティー 「聖母の祈り」
http://yakusoumazyo.shop-pro.jp/?pid=40459570

七草でなくとも、滋養が高く解毒を促す薬草はたくさんあります。

ネトル、パセリ、バジル、、、などなど、いつでもスーパーやハーブ専門店で手に入ります。
それらを活用し、できれば1,2か月に1回は内臓を休めましょう。

おなかすくと寝れない?

食べないと寝れないのは、初日だけ。
2,3日すればぐっすり眠れる事に気づくかと思います。

年末は、休暇前からが望ましいですが、難しいのであれば大晦日から実践してみてください。
現代の年末年始は、ダラダラ食べない方が健やかなはずー。

年末に「今年も何もしてなかった」と焦ることもストレスを強める原因です。
本当にしたいことができた時には、何も考えず動いてます。
そんな時は、無理なスケジュールも押し通してやってしまいます。

「なにもしてない」という、何かや誰かとの比較より、

「何もできないほど無心に頑張った」自分を褒めて、心と体のケアをたっぷりすればそれでよいのではないかと思います。

その上で、このままは嫌だなと思うのであれば、「やってみたかったこと」を1つ始めれば、

それでOK。

ではないですか。

そんな感じの2016年七草粥の話でしたー。
ほんならーまたねー。

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弱った時がチャーんす!!

魔女が生理周期や、過労になると良く沸き起こる感情。
「怒り」「猜疑心」
いやー、随分といい人を溜め込んだもんだ。
もっと本音でいいなー。
とか、考えつつメンテしてます。

それはダメなことではないかと思っちゃー、つまんないと思う。

怒ることも疑うこともあるっしょ。  フツー。
忘れるのが下手なだけ。
こじらせないように~、お大事にね~。
そんなもんだよねー。

   
で、最近久々に酷いアレルギーが出たのよ。
メンタルだけではないなー、
多分今年は気候の変化が不安定だから、変化についてくのに体が大忙しなんだろうねー。
と思いつつ、こういう症状の時、どんな気持ちになって、どんな経過をたどるかを観察して、記録することを楽しんでいました。
(インフルもすでに猛威を振るい始めてるし、今年は不調を訴える人が多いっすね)
昔の魔女だったら、「これは、魔女のことを快く思わない人の想念が邪魔を・・・」とか、「今はその時じゃないというメッセージかも」とか思ってたかもねー。
時々、そういう体調不良や、物事が思ったように上手くいかない時、それは何か重大なメッセージではという人がいます。
そうかもしれんけどさー、そりゃー「まず自分の足元から調べていきんしゃいよ」と魔女は提案したり、一緒に調べたりしています。
自分の食習慣どげんね?
ここんとこの気候の変化どうよ?
ここんとこの人間関係の変化ある?
突然のできごととかなかった?
てか、病院はいったのかい?
などなど、そういう身近なところから固めていって、答えを出し、その上で「メッセージ(指針)」を考えていこうよ。
それが、霊(目に見えない)能力だと思うよー。
変に目に見えないことに詳しいと、体調最悪な時、「それは止められていて今じゃないということかな?」「それとも誰かが邪魔をしてるせいかな」とか思っちゃうのよ。
でもさー、それなんか違うよねー。
まずはさ、ちゃんと目に見える因果から考えようぜー。
今月のメルマガでは、
そんな話に関連して、「なんか上手くいかない時」の人の気持ちの傾向をメルマガで書きますー。
誰かのせいにすると、成長止まるよー。って話。

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弱ってる時に、改善点が浮き彫りになる。
誰かのせいとか、念がとか、メッセージとか言ってないで、現実的に落とし込もうよ。

ほんなら!

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小さな幸せを感じれることこそが本当の幸せ

今月のメルマガでは、
その場しのぎ」からの~「なんとかなる」が大事  
というお話をします。
それに関連する感じでー、
「小さな幸せを感じれることこそが本当の幸せ」
いってみよー。語ってみよー。
全部かなえたい
思うとおりにしたい
そう思う人にとっては、小さな幸せなんて味わうことさえ考えにのぼらない
目の前にある幸せに気付かない
全部かなえたいから、1つでも叶わないことがあると「不幸」になる
その些細な「不幸」にフォーカスすればするほど、苦痛が増す
全部かなえたいから、小さな幸せに気付いても「そんなものでは満たされない」
と、捨ててしまうし、忘れてしまう
だからいつまでたっても「幸せ貯金」できない
無いところには集まらない
全ての願いに通じることは、それを叶えたかったら「今ある幸せを感じきること」と魔女は言う
不幸の想像力は豊かでいくらでも膨らませられるわけだから、
それを小さな幸せを膨らませるようにその「想像力」を訓練するといい
自分の小さな幸せを軽視する人は、不幸そうな人を避ける傾向がある
「ウツル」という
不幸だと思い込んでる人の行動傾向の影響を受けるということなのだろうけど
それは自分に余裕が無いからであって、相手のせいではない
たまに確信犯で巻き込もうとする人がいても、ちゃんと距離を取れる
闇雲に避けるのは自分に余裕が無くてケチになってるだけ
映し鏡の法則から言うと、それは自分自身
自分に奉仕できない人に必要なのは「休むこと」
自分にも人にも完全を求めすぎて、幸せを逃している
世の中、自分の思うように行かない
いろんな人の影響によって生かされてるのが「現実」
自分の思うようにいっている時には、その背後に必ず「譲っている」人がいることを忘れてはならない
だから、思うようにいかなくても嘆く必要も、「不幸だ」と思う必要も無い
世の中に完全などないのだから
自分の思う幸せなど無い これが現実
人の幸せの為に譲ったその行為から得る「充足感」がそれを補う
そして、どんなに些細であっても、その日その時の「幸せな気持ち」を味わい尽くせる想像力
譲ってもらうのであれば、信頼関係の下に譲り合いたいというもの
自分に正直であって、その気持ちを素直に伝えられる表現力が必要
相手に察してもらって「譲ってもらう」のではなく、
こちらからお願いして「譲ってもらう」ことの清清しさ
譲ってもらってばかりで、譲ったことの無い人間は、かならずいつか枯れる
また譲ってばかりの人間も、譲った「固体」に執着し「見返り」を求めれば枯れる
いつかの親切は、回りまわって、違う人・形で帰ってくるという宇宙のバランスで物事を考えよう

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視線(思考)の方向に動くからね。

今回のメルマガでは、「違うということ 「個性」の話」を書いています。
絶賛なう書いています。(頑張るぞー!OH!)

8、9月のメルマガは、8月31日配信だー。

登録はコチラ
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さてさて、個性的なのは生きている人みんなそうです。
それをどんくらーい、伸ばすか、磨くかだけ。
っで、成長過程である程度「協調」を学びます。
しかし、協調する理由が恐れや不安からであれば、いつしか自分らしさのエネルギーはなくなってヘトヘトになっていきます。
表情もなく、意欲もない、抜け殻状態。
何にいつも視点を合わせているか。
超大切。
楽しいとこ?
ダメなトコ?
おかしなところ?
自分より下に見えるもの?
自分より上に見えるもの?
焦点を合わせている方向に人は進むのよねー。
昔魔女は、なぜか「なんか変(他と違う)」を気にして、比較して凹んだり、隠して、差をなくすことに必死でヘトヘトになっていました。
自分のダメなトコにばかり視点をあわせてるから、同じように見える他人を心で見くだしているところがありました。
「みんなバカだ」と。
そして、勝手に期待して、がっかりして「どいつもこいつも」と思っている間に、他人は成長し、自分は置いていかれ、最悪の状況にまでなりました。
その場限りの精神的優位性を保って、なんとか自分は大丈夫と不安をかき消してたんでしょうねー。
ほんとバカ。バーカ。バーカ。(今は天才!!← ぉい!
今では「なんか変」を自負しています。
特に変を極めた、「変態」は大好きです。
でも、変態は協調しないので交流が大変ですけれど、誰かが「合わせてやろう」と犠牲にならなくても、なんか自然に上手くいくものです(笑
なので、時々「犠牲」を押し付けてくるのが、困ります。
「犠牲」を美徳と思っているようですが、「犠牲」の背後に「見返り」がチラチラ見えるからです。
人に合わせることの背後にある動機によっては、むしろバランスを崩す。
全体として上手く、仲良く、助け合ってという話から、結果大いにそれる。
違うから、差があるから、人生愉しめると魔女は思っています。
だからこその、思いやりであり、そのさじ加減は「ありのまま」の自分で生きている時に経験する事が教えてくれます。
コミュニケーション能力向上!というヤツです。
自分の役割、立ち位置をしって、存分に発揮している人のオーラは自信に満ち溢れ、とても綺麗です。
現代は、やみくもに差をなくしたり、優劣、競争を避けようとしますが、なんだか「厳格な法」になり、「恐れ」を生み出しているように思えてなりません。
まるで魔女狩りのように「狩られる!」と。。。被害妄想的な雰囲気が漂っている場が多いなと感じています。
っで、今月のメルマガは、違うことの良さとか、違うことを否定的に視るとどうなってくのかとかとか、違うことに対する見方の様々なパターンを、、、思いついたまま書いてみました。
興味があったら読んでねー。

講座  (随時開講中~☆)

占ぴ~  (占いセラピー。。。向ヶ丘遊園/銀座)

メルマガ  (魔女の思うところや月ごとの占いなど。。。)

ツイッタ~  (定期ツイートメインで情報を配信中☆)

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追い込む心理。

心の病を持つ方が、「追い込み、追い込まれてゆく心理」

鍵は「認めること」

自分が病気だと認めるまでは、「ちゃんとできている自分」の幻想に振り回され、焦って自爆する。

周囲が認められないと、「ちゃんとして欲しい理想の相手」に振り回されて、焦って相手を追い込む。

そうやって、追い込まれた本人は混乱して、言動がおかしくなる。

できる許容を超えただけなのに、「ちゃんとできるはず」の幻想から抜け出せないから、現実を認められず「やっぱりおかしいのだ」という自覚だけが増してゆく。

ちゃんとできている。

ただ、自分のできる範囲が分かっていないだけ。

目の前で起きている、できている現実だけを見つめ、幻想は捨てよう。

心の病は、複雑な問題です。

色んな未解決の出来事の糸が絡んでいる状態なんです。

1つ1つ紐解いてゆかねばならない、とても時間のかかるものなのです。

それを認めてください。

すぐ治ることはありません。

どう、この病気と付き合うかを考えながら、1つ1つ紐解いてゆくものです。

それには、まず現状を把握していなければなりません。

こうである事実と、こうあって欲しい願望は違う。

混同することで、心の病を家族みんなでひどくしてゆく。

病気ではないことにしたいから、何も調べようともしないうちに、勝手な判断で、服用を止めさせようとしたり、順番を早めようとしたりしないでください。

確かに、不要な薬を出しすぎている場合もあります。

でもそれは、病院のせいばかりにできません。

自分のことは自分で把握する。

それができない場合は、家族が把握して、自分たちで結論を導き出さねばなりません。

丸投げしておいて、治らないだの、被害を受けただの、いうことは道理として通りません。

「こうあってほしい」からの行動は、無責任であり本当の愛とはいいがたい。

本当の愛とは、「今の現実を認めて受け入れる」姿勢だと思います。

私は薬草魔女として、ハーブティーを交えた心理カウンセリングを行っています。

ハーブはあくまでサポートであり、薬ではありません。

薬を止めたいあまり、ハーブでなんとかなると、都合よく考えてハーブ療法に傾倒しようとする方がいます。

ハーブ療法は、ハーブティーで気分転換し、魔女たちとの会話の中で、徐々に認知を変えるという、メンタルケアのサポートとして行うものであり、治療ではありません。

これは、私の体験から語っています。

今日は、思うところがあり、久々に真面目モードで書かせていただきましたー。

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とある魔女の物語。

深夜の魔女の独り言。

とにかく、分からなかった。

どう生きたらいいのか、どう交流したらいいのか。

分からなかった。

いつも緊張していた。

兎に角「変!」と笑われることに敏感になってしまった。

どうも、私の行動は、「いわゆる一般的」ではないらしい。

学校という環境では、魔女のすることが、すべて浮いてしまう。

「変」=「人格の否定」ととらえた魔女は、

家庭環境もあいまって、「自分を出してはいけない」ルールを脳内で確立。

ということで、「観察」を覚えた。

「いわゆる一般的」の模倣に必死だった。

演技するスキルは身についた。

でも、しんどかった。

相変わらず人と交わることが分からない。

必要ないが本音だ。

でも、それをしないと「社会不適合」となるらしい。

12歳の時、原因不明の内臓の激痛が襲った時に、決めた。

のたうちまわりながら、心で叫んだ。

「あー、もうがんばらない」

自分を大事にしない生き方をすることにした。

超ー投げやり人生。

そして、大人になる前に死のうと思っていた。

の、割りに命を絶つ気はない。

ちょー中途半端にダメな人間として生きることで、環境に復讐しようとした。

自分で行きづらくしてただけなのに、なんか色々怨んでしまった魔女だった。

でもでもでも、そんなんじゃダメだーとかも思って、出家でもしてその道を極めようかと思ってもみた。

でも、丸坊主はいややなぁ・・・・・・あの時は、どこまでも考え方が中途半端な魔女だった(笑

もーどうしたいねん!

とつっこみたいほどの、ダメ人間な彷徨う感じが30歳まで続いたんだよー。

ダメな人の行動を、多分一通りやった。

お腹一杯やった。

ま、そん感じー。

どうすればいいかを教えてくれる人がいればよかったんだけどねー。

その時はいなかった。(と、思っていた)

でも30の時に現れたんだよー。

うちの旦那なんだけどー。

今では、しょーもないこと言うなーと、思うこともあるけれど(笑

感謝してる。

人生捨てたモンじゃない。

チャンスは全ての人に平等にある。

それを掴むか掴まないかは、その人次第。

30までの人生で、きっとチャンスは沢山あったんだと思う。

笑われた時には、笑いで返せよー。

そんなに友達いる?

自分は自分でいたい。独りで結構!

そういう堂々とした「自信」をもった自分でもいいじゃん。

とか、今の私は昔の私に言いたいことが沢山ある。

「方法はひとつではないー。全部自分で考えずに誰かに聞ければよかったね」

変な魔女だから好き。と言う人もいたかもしれない。

自分では大変なことだー!と思っていることに集中しすぎて、周りを見渡す余裕が持てないと、チャンスを逃す。

まー、自分で何とかできると「驕り高ぶっていた」んだねー。

子供の頃から、しょーもないプライドを抱えて、自爆したんだねー。

自分で勝手に大問題にしてただけなのに、あげく、「みんな敵だー!!」

とか、被害妄想にとらわれて散々な30までの人生だった。

あーもったいないことした!!!

多くの人が、色んな問題を人や環境のせいにしがちだけど、自爆が多い。

自分でせっせとまいた種を刈り取っただけ。

自爆が良いとか悪いではなく、それはみんな通過する「人生経験」の一つにしか過ぎない。

大切なのは「その経験をどう次に生かすか」

自爆・・・人生の失敗をどう活かすか。

わかんねー。時に、だれかいて欲しかったー。

そういう思いがあったから、魔女がその誰かをすることにした。

色んな方向性で、色んなやり方で、それは行われている。

魔女は、魔女と言う方法でやっている。

そんな、魔女の物語。

一般的に、というか基礎として、

全て受け入れてー。とか、

認めてあげてー。とか、

愛してあげてー。とか、

まー、それが真実だし、大事。

ただね、それだけでは語れない、上辺だけのきれいごとでは這い上がれない、

そんな、リアルな現実がそこにある。

そこを抉る。

抉り取る。それが仕事。

だから、魔女なんだよ。

自己受容するまでには、おぞましい自分の物語を見直す「生理整頓」が必要だ。

その腹積もりをさせるのが魔女業。

だから、優しくない。

いわゆる一般的な言葉を使うなら「優しくない」となるかもねー。

ま、そん感じ。

おやすみ。

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価値。

自分と自分の技術を高く評価しすぎではないかと、そう思うことがある。

これは思い上がりではないかと。

それでも、自分に確信があるものを、私は隠すことが出来ない性分だから、

大きく前に出してみる。

でもどこか、自信がない。

自信なない?  違う不安だ。

自信と確信はあるのに、人の評価の方が「正しい」のではないかと不安がる。

昔の思い癖だ。

昨晩旦那に、「お~ら茶の価値」について話をした。

彼は私の主人であり、仕事のパートナーでもある。

(勝手にそう思ってるだけなんだけど。笑)

実績も何もない、単なる魔女がやろうとしていることは、

とても分不相応ではないか?

先が読めない怖さと、それでもやってみたい希望を話した。

「自分の信じていることに、高い価値を持つことは大切なことです」


「今必要なのは、その価値を知ってもらう努力です」


「その努力に、僕が付き合うからには、あなたがちゃんと自信をもって行動してくれないと困ります」



ごもっとも。

「だれでも、お~ら茶なんて出来る」と思っている人がいたら、それは間違いだとはっきり言える。

「氣」でお茶を飲む。

創る人の「氣」が入ることを忘れてはならない。

また、それを作成するまでの努力と時間を忘れてはならない。

私のお~ら茶は、芸術。

私の「氣」の表現なのだから。

彼は、私に一切干渉しない。

でも尋ねると、いつも的確で必要な言葉をくれる。

見ていて、私が見落としたことを、さっと拾って、さりげなく支えてくれている。

ありがとう。

同じことを言ってくれた人は沢山いた。

でもなんか、魂に入ってこなかった。

あ~、これが「愛」を込めた言葉なんだな。

そう思った。

どんなに上辺だけもっともらしいことを言っても、

「愛」が含まれていない言葉には、人は反応しない。

もしくは、信頼していない人の言葉には反応しない。

私は相変わらず、マイナスの面だけ見る癖がある。


「私のことを公平に評価して、真実の意味で高めあえる人」もちゃんといることを、


そういう人を思い出すことを忘れないようにしよう。

アニメの名セリフを思い出した。

「お前を信じる俺を信じろ!!」

そうだ、

私を信頼してくれる人を信じて自分を信じよう。

人は自分が努力を怠っていることを正当化しようとして、

「~のくせに」とか、

「ここはいいけど、そこはダメね」とかとか、

人の悪い面を探して、心で見下す。

また、

「偉そうなこと言って、そんなのみんややってるわよ」とかとかとか、

「あなただけじゃないのよ、みんながんばってるの」とかとかとかとか、

「公平」のふりをして、自信を失わせ、馴れ合い集団に引き込む狡猾さがある。

勿論、例外なく私自身も。

実は今まで、そういう人を「いい人」だと思ってきた。

違った。

というか、

だったら、お前私の変わりやってみるか?

そのダメなところ、お前は出来てるのか?

そう思う。

というか、というか、

「みんな?」そんなの当たり前だろう?

無邪気に公に「見て見て~♪」とやるか、やらしく隠して心で優越感に浸るか、

どっちにしても、人は虚栄心を持っている。

ただそれだけだろう?

公にやるということは、自分の悪い面もあらわになる。

そこ覚悟してやってること忘れんな。

そして、「共有」の良さを体感し、励ましあえる良さがある。

これが大切なんだよ。

私は、周囲が信頼できるほどの、正直な人間か?

このように、彼との会話は、自分に問い尋ねる時間ともなった。

そんな彼に、今貿易の勉強をさせている。

(あくまで上から。ぷぷぷ)

ほんまに、自分しっかりせな。

これからも私は、自分を大きく打ち出す。

押し出す。

そのやり方が好きだ。

そうやって、流れに乗ってきた。

そして、実際にそのやり方で、

やりたいことを、やりたいだけやれている。

今日は、アニソンオフ会。

彼らは真実の同士。

私の旦那と一緒で、お互い絶妙な距離感を保ちつつ、

困った時にはヘルプしてくれる、そんな貴重な存在。

私は表現が下手だけど、いつも感謝しています。

そう思った朝。

さ、準備します!!

講座  (ここは比較的しっかり、随時開講中~☆)

せらぴ~  (こころとからだの癒しなんだよ。。。と見せかけた説教かもね)

マルマガ  (ぼんやり月1回配信するとかしないとか。。。)

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変化の般化「自分を限定せず楽しむ」

変化を嫌がる人もいるけれど、

変化慣れすると、

「自在」という柔軟さを獲得できる。

自分だけでなく、周囲の変化にも「自在」

経験することが多ければ多いほど、

そこから学び取るものを感じれば感じるほど、

人は、変化していく。

幅が広がる。

自分を限定しない生き方が完成する。

そして、

1つを全うしつつ、常に多方面に変化してゆくことも可能であることを知る。

それが「自在」

変化を望む心は、「チャレンジ精神」「開拓者精神」であると、

薬草魔女Mayaは思います。

最初から、自分の「加減」が分かっていたら、人は冒険しない。

飛んだ言動を病的だとか、思いあがりという人もいるけれど、

その「流れ」に「理性」で乗ることが出来れば、

それは「成功への近道」ではないのか?

変化には、相当の努力が要る。

ホントに「愚かな思いつき」であれば、努力しないからすぐ挫折する。

結果はちゃんと出る。

というか、その努力して獲得していく、その道程が、

おもしれ~んじゃね~のか???

おもしろくね~人生なんか、つまらない。

結果も出ないうちから、「予期不安」で潰されて、人の目や評価を気にしながら、

「ほんとはこうしたかったんだ~」なんてボヤき(夢を妄想で終わらせ)ながら生きるくらいなら、

やってみてから、「反省」して「改良」する、そんな清清しさの中で生きる。

変化を嫌がるのは勝手だが、

変化したい人に向かって、

勝手に決め付けて、ゴチャゴチャ言う前に、

自分の人生を見てくれ。

頼むから。

自分のシャドーが気にいらねーだけなんだから、

ちゃんと自分を見ろ。その心理を分析しろよ。

人に自分を見てるだけなんだ。

人は人、自分は自分というなら、

相手の自由を認めて、

そっとしていてやるのが「思いやり」だろう?

ちがうか?

都合の良いときだけ、「人は人、自分は自分」といい、

都合が悪くなると「助けてあげる」という呈で、余計なお世話をする。

それは、自分に都合が悪いあなたは困る、というエゴの押し付けだ。

本当の意味で「人は人、自分は自分」を体得している人は、

相手がどんなに変化しても、それを受け入れる。

自分の受け入れが難しいならば、適切な距離をとる。

薬草魔女Mayaは、

自分を限定しないまま「薬草」を極める

そう腹を決めてから、そこは一切ぶれてない。

その覚悟、なめてもらっては困る。

すごいことが出来るなんて、思ってない。

思ってたら、とっくに「頭のおかしい宗教家にでも」なって、

狂依存の中で、自分たちだけハッピ~を決め込んでいるさ(笑

自分への挑戦のために、日々精進する。

それだけだ。

これからも、これからも。

俺の覚悟が伝わってねーんだな~。

俺はまだまだ信頼されてね~んだな~。

まだまだ、未熟で、努力がたりん!!

そう思った午後。

講座  (ここは比較的しっかり、随時開講中~☆)

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ツイッタ~  (いいたい放題っす☆)

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