[日記。]文化・芸術の変わり目だぬなー。

いい加減緩ーく過ごすのもよろしくないなと、5月の日記にしたため、保留していた計画を動かし始めました。

忙しいを言い訳にしてみたり
コロナを言い訳にしてみたり

言い訳は自己肯定感を弱らせるという過去の経験。
「止まるな!知恵絞って動け!」という言葉が脳内で何度も再生されていました。

人の目を気にして委縮し、メンタルをやられて、悲観的・被害妄想的になり、自他ともに傷つけるようになった過去の自分が、自粛が自分という人間を壊してしまうほどにまで頑なになってしまうな!という激なる魂の叫びを響かせて守ってくれた。

成長した自分を嬉しく思いました。

さてさて「細心の注意を払いつつ、楽しく人生をコマを進める」と、緊急事態宣言解除とともに行動開始。
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[日記。]自分でさせて育てる。

仕事の在り方を変えなければいけない状況を先延ばしにして、だらしのないことになっていた自分に、「こらー!」と厳しくしている最近です。
責任と馬鹿正直でやってきただけに、今の不誠実な自分が許せないでいます。

昔からこの内省を重んずる性格は変わらないのですが、自分に自信がなかったころには、「そんな厳しくしないで」「適当でいいんだよ」「もっと自分を許してあげて」「あなたが心配で」という言葉と共に、強烈なダメ出しをして説教をするような人たちに流されて、自分を変えようとした時期もありました。

そして、変えようとすればするほど何もうまくいかず、無意味に自分を傷つけるだけでした。
自分に全く合わない、ただ人間として自信を失うだけの、言葉に慎みのかけらもない、言いたい放題のダメ出しで人が成長するはずもありません。

自分にとって必要な叱咤激励により、猛反省したのちに改善策を実行する方がよほど清々しかったし結果も出ました。
これにより、その人にとって大切な言葉を選ぶことの重要性を実感しました。

結局、そういう人を落とす言葉をかける人たちは、怠けたいだけで成長をしているようには見えませんでしたし、実際にしていませんでした。
自分への言い訳を私に伝えていたわけです。

楽観も過ぎると単なる怠けの甘やかしで成長を一つもせずに、ただ日々誰かや何かの文句も言って過ごすことになるなんて、私の人生にはない。
一見緩やかに生きている人も、しっかりとやるべきことはやっている。
どんな人となり、こだわりがあっても良く、無意味なダメ出しは必要ない。

自分らしさを社会に活かし、その人が生き生きと生きる諭しが大切(本人が望んだ時)だと分かってからは、先に述べた方々とは、生き方が違うので尊重し合いましょうと距離を置くようになりました。

だからこそと、責任と馬鹿正直、時々ちょこっとお茶らけてやってきましたが、やり方を変える時に来た時に、自分も同じように言い訳を生徒さんに伝えていることに気が付きました。

「忙しい、忙しいは言い訳です」
「なぜそうかを導き出して改善する。それだけです」
今頃先人の言葉が身に染みてます。

また、自分らしくない方向に引っ張られて、自分のように回り道しないでいいようにと何でも「おかーちゃんがやるで!」と差し伸べてきた手は、結局は生徒さん方の成長を止める行為でした。

自分でさせて育てること。
そして、自分らしくないことはしないこと。
自分の感を信じること。

基本中の基本を今後もしっかりとっ。

そんな代表の日常。

[雑記]時代の変化

私が薬草魔女を前面に出して10年ほど、、、おまじないTeaも10年、、、。
15年前に人生の大きな決断をしたことに、ある程度の結論を出すことができたと、心から思える自分がいます。

というしみじみな思いもつかの間、世界的に大きな変化の時に入ってしまいました。。。
が、日々淡々と自分のすべきことを見つめ、必要な調整を加えつつ次の目標に向かっています。

昔の私は、本当にどうしようもない人間でした。
個人差はありますが、大抵、自分の可能性が認められずネグレクト状態で、抑圧しかない環境で育った子は、ある日我慢の限界が来ると、ひきこもるか、非常に短絡的で自由奔放に生きるようになります。
その自由奔放は、無責任で自己破壊的で、周囲も巻き込んでいきます。

29歳の時、自分がされたことを子供にしてしまう負の連鎖を断ち切るために、2人の子供と離れる選択をしました。
子供がかわいそうとか、逃げただけだとかいろんな意見を頂戴し、ひどく自分を責めた時期もありました。

心理士になり、たくさんの方の心の相談を行うようになって、「答えなんかなく、大切なのは決めるかどうかだ」と気づきました。
それぞれに人生のドラマがあり、その都度考え、苦しみ、決断していきます。
決めたことに対して、どんなリスクがあり、何をする必要があるか、周囲の反応に対してどうこたえていくかなど、よく吟味し決めたことであれば、間違いなんてないと私は思っています。
「目の前にあるのは問題なだけ、どう解いていくかだ」という考え方に変えてから、すべてが好転しました。

誰かが決断するのに苦しんでいたら、一緒に自分なりの答えを探して、その方が本当に心から決断できるようサポートできる人になろうと走り始めて今に至ります。
また、人生を進んでいくうちに、これまでずっと自分を苦しめていた「感性の高さ」がこの仕事にはとても役立つことに気づきました。
薬草は私が、人間として成長するうえでとても助けになってくれました。
心を見る目る時には、同時に体の変化も観察します。

・劣悪な環境で、自己の存在を認められることなく育った人間でも変わることができることを伝えたい
・子供がいつかどこかで私を知った時に、「やっぱりな、残念」なんて言われない人間になる
・心も身体も健康で自分の人生を謳歌する方法を伝えたい

この思いと一緒に、ただがむしゃらに走ってきました。
これらの目標は、ある程度達成できたのではなかろうかと思えるようになっています。
そして10年もたつと、子供たちは社会に出る歳になるのだと気づいた時に、子供たちに恥ずかしくない生き方をもっと見せて、そして、次の世代の子供たちに自分が伝えられる知恵は何でも伝えたいと思うようになりました。

このようなわけで、学生・新社会人の相談窓口をこそっと作ってみたりしました。
これには私の個人的な感情も入っています。
私が若かったら、薬草魔女に会いに行きたかった。

どうして自分がこんなに敏感なのか教えてくれる人はどこ。
薬草魔女というファンタジーの世界観をあざ笑ったり責めない人はいないのかしら。
現実を見ながら、ふわっと夢で包んで、薬草で癒して欲しい。
生きる厳しさも、人のやさしさも教えてくれる薬草魔女に会いたい。

今の子に薬草魔女は必要かしら。。。と思いつつ、こしょっと扉を開けてます。