「思うまま」エキナセア師匠、再び大いに喝破する。

人間という我が同士へ

思うまま生きる。

実は、簡単なようで簡単なのじゃ。

ははははは!!!

難しくしているのは、自分の頭の中だけ。

自分を制限する「いわゆる常識」と闘え!

その「思うままなんてものは、非現実的で夢見がちな妄想」なのではなく、

それが出来ないと思ってあきらめているから「妄想」なのだ。

妄想を妄想で終わらせない「努力」をしてからでも遅くない。

「どうしたい」を現実にする上での、

良いこと と 悪いこと

悪いこと というリスクとどう対峙する?

どう受け入れ、どう動く?

そこを覚悟してれば、「その道」でよいではないか!

誰も止めてはおらん。

止める人がいるとすれば、その者はそれをそれを「禁止事項」にしているのだ。

「思うまま」を譲りたくないなら、その人の口車に乗るな!!

「頭の悪い」ことをして、失敗するから、次に活かせる。

失敗する「頭の悪い」人がいるから、それを見て改善できる。

わしに言わせれば、それは「頭が悪い」のではなく、「自分の思いに素直」なだけじゃ。

役割だ。互いの役割に感謝できないのは恥ずかしいことぞ。

本当の「頭の悪い」とは、

失敗しても言い訳して、失敗を「認めず、また同じ失敗を繰り返す愚考の者。

「人生こんなもの」ですと、そこで哲学を誤用する無知。

もしくは、失敗を恐れて動かない怠け者。

同士よ「思うまま」生きてるか?

どうしてもやりたいことは、やっておけ。

犠牲を嘆くな。

その犠牲は、達成したときに「昇華」すると知れ。

あきらめれば、その犠牲も目標も、

「無念」となって、死してなお彷徨うのだぞ。

自分の人生をあきらめるな。

わが同士よ、「思うまま」の延長線上で会おう。

わし(自然)と共に生きてくれ。

カタチは違えど共に生きれることを証明して魅せようぞ。

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