俺の誇り「母」

母が自分の生き方を嘆く歳になった。

いわゆる、年取って気が弱る。ってやつ。

病気は、年をとった事実を、嫌というほど知らされる。

そして、これまでの人生の清算と向き合わされることで、

とたんに弱気になったんだろう。

てめぇの選んだ人生の始末は自分でつけろ!!

とりあえず、それだけ言い放った。

もうすぐ80になる。。。は?関係ない。

足腰弱って、、、は?関係ない。

目がかすんで、、、だから関係ねーって!!

自分の都合など、自分でまいた結果だから、そんなの関係ない。

それでも、やるぞ!という気持ちのある人間を、俺は助けたい。

あきらめてる人間は、どんなに親切にしても「感謝」しない。

母は、昔から派手な女だ。

自由気ままに生きるということは、もはや「普通」とか「一般」とか「安定」なんかないんだよ。

波乱万丈を自分で選んだんだから、久々に人生の荒波が来たくらいで嘆くんじゃない!!

てめえのケツは、、てめぇてふきやがれ!

娘は一切手出ししない!

自由に生きる権利を主張しておいて、やりたい放題やっておいて、都合が悪くなったら、その手伝い(しりぬぐい)をしてくれとは何事だバカモン!!

慰めてくれ?アホかーーーーーーーーーーーーーーーー!!

子供のころシングルで私たちを育てる上で、母は自分の「個性」を殺すことを絶対にしなかった。
影で母は散々馬鹿にされ、明らかに仲間はずれにされることもあったという。
派手ゆえに、尾ひれのついたうわさが沢山なされていた。

母は、悔しかったが、「自分らしさ」を殺してまで生きることは選択しなかった。

確かに、愚かな一面はあったが、私にとって、そんな母は「粋な人」であり「誇り」であった。
おとなしい性格の私にもその「血」が流れている。

人にできて自分にできないことはない!

男にできて女にできないことがあるか!

などなど、おとなしい私には「無茶ぶりか!!」と思うことがしばしばあったが、今生かされている。

そんな母が、「泣き言」を言うようになった。

私の誇りの母が「泣き言」を言うのが、許せなくって、

冒頭の言葉のように、すっごく説教してやった。

母が私にしたように。私が言ってやった。

傾くなら、最後まで傾きやがれバカヤローーーーーーーーー!!

俺なんか、超無理してんだからなーーーーーーーーー(笑

とか、思いつつ、今度は私が母に「粋な姿」を見せてやる。

そう思った。

年は関係ねぇんだよ。

自分の生き方に堂々とできない母親(人間)を尊敬できん。

尊敬していた人が、グラついたら、その下の人間もグラつくだろうがバカーーーーーーーーーーー!!

俺にも(置いてきた)子供がいる。

母のため、そして、子供のために、

派手に、夢のために生きて、それで後悔ないなら、一人孤独にのたれ死んでも悔いはねぇ(覚悟がある)こと見せてやるよ。

大満足な生き方って言うのを見せてやる。

わが生涯にいっぺんの悔いなし!!

とか言ってやるんだからっ!!

言うんだもん!そうするんだもん!!

むきーーーーーーーーーーーーーー!!

とか、のんびり今日も思いながら、色々準備しています♪

そうそう、電話でだったから、できなかっんだたけど、気持ちは母を抱きしめながらそう言っていた。

目の前にいたら、泣きながら抱きしめながら怒っていただろう(うはは、笑

俺はあんたの娘で本当に良かったと思ってる。

やるぞ!!

講座  (ここは比較的しっかり、随時開講中~☆)

せらぴ~  (こころとからだの癒しなんだよ。。。と見せかけた説教かもね)

マルマガ (ぼんやり月1回配信するとかしないとか。。。)

ツイッタ~  (いいたい放題っす☆)


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